バレエヨガインストラクター三科絵理のブログ

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いま生きて踊れることのありがたみが湧いてきた。人体展で私が感じたこと

いま、上野・国立科学博物館で「神秘への挑戦 - 人体展」が開催されています。開催当初から人気のようでしたが、平日の午後にさくっと行ってきました。雨雲の広がる日でしたが、その割に人は結構来ていました!さすが。

体は、誰もが自分の体に共通しているから、展覧会にきている人みんなが興味津々そうに見ていましたよ。

あ、ネタバレがいやな方は閉じてくださいね。(笑)

全身の連携を示す新しい人体観のネットワークシンフォニー

これは、展覧会の後半に登場する人体観を音と光で表現した「ネットワークシンフォニー」です。

ぱっと見、なんだか宇宙とか、プラネタリウムみたいですが、体の中の構造を表現したもの。

内臓、筋肉、骨、脂肪などがお互いにメッセージ物質というものを発していて、例えば疲労を感じているときに腎臓が水分を調節して心臓の負担を下げたり、全身の生命活動が維持されるよう協働していることが最近の研究でわかってきたそうです。

そのように考えると、骨、筋肉、脂肪もある意味、内臓の一部なんだと捉えることができるようで。スキンケアでも、皮膚も最大の臓器とも言われますし、有機的な構造になんとなく納得感があります。とても興味深いと思いました!

メッセージ物質の連携というのは、素人目からみても、今まで医学的にわからなかったことがどんどん解明されていくよう。ますます研究が進められることを願いました。買ってきたこちらの本にも詳しく載ってました。

模型の展示だけでなく、人体の美しさをアートとして見せているのも特徴かと思います。

他の生物と比較してヒトを知る

写真撮影が可能なエリアは限られているので、全体像は伝わりにくいかもしれませんが、人体展は動物とヒトの比較を意識しながら、体の要素を順番に理解していくことができ、骨、循環器系、心臓、腎臓、消化器系、脳、神経、筋肉、などの全体像を理解しやすく展示されていると思いました。

進化の過程で、なぜヒトの各臓器がこういう構造をしているのかを、魚や爬虫類、陸上の動物などと比較して知ることができるからです。

断片的に知っていることがあっても、展示物でレプリカや実物の模型を見ると、納得して理解できることがあります。

たとえば、生き物ごとに、心臓と血液の関係を示すものがありました。

各生物の心臓の大きさを模型で示し、体内の血液量の体積が三角フラスコで再現され、心臓の鼓動のリズムがランプの点滅でわかり、1分間に循環する血液の量を知ることができます。うーん、文字だけ読んでもなかなかイメージできないと思いますが。

視覚で立体物を見ながら、こうして私たちの体が支えられているんだな…とか、人の血液量って全部でこんな量なんだなとか気づきます。体重60kgの人で、全身の血液量は約4.6リットル。心臓が1分間に循環する量は5リットル。ネズミと象ではまったく違うという有名な話をリアルに感じました。

図録と書籍も購入したので、またじっくり読んでいます。図録には繊細な模型の写真が掲載されています。音声ガイドで聞いたことを忘れないようメモを入れておきました。

解剖学の歴史を感じることができた

私が人体展を観てよかったことのもうひとつは、「解剖学の歴史を感じられたこと」です。

15〜16世紀にレオナルド・ダ・ヴィンチは絵を描くために解剖手稿などスケッチとアイディアを残しており展示がありました。当時どのように考えていたのかの様子がわかります。また、ルネサンス前後からどのように、常識とされていたことが覆って解明されてきたのか、その流れが興味深かったです。

16世紀後半の解剖学者ヴェサリウスの存在も印象に残りました。『ファブリカ』という解剖図譜にリアルなスケッチを描き出したことで、当時、みなが勘違いして理解されていた体内の構造を明らかにしたそうです。うすうす気づき始められていた、誰も否定できなかった間違いを世に唱えるのは、天動説から地動説を唱えたコペルニクスのようなインパクトがあったのかな…。

現代で分かっていることって、大昔はみんなわからなかったことなんですよね。血液が循環していることもわからなかったし、ヒトの体の構造も間違えて描写されていた時代もあったわけです。脳の構造や神経のネットワークだって、初めに発見した人がいるから、私たちは本やテレビや講座などで知ることができる。

知識が解明されているのは、当たり前のようでいて、裏側には人体を提供してくれた人、動物で研究した人、透明の細胞を染色する技術を開発した人、顕微鏡を作った人、たくさんの人々の努力と想いが結集しているから、当たり前のように知識を授かれるのだという重みを感じました。

ヴェサリウスの時代は、解剖劇場というものが存在していたそうです(衝撃…しかも演劇の劇場とは比べものにならないほど高くまで客席がびっしり)。身分の低い人、奴隷のような人の遺体が用いられたのだそうです。そう思うと心が痛みます。

でも、医学に携わる人であれば必要な知識ですし、その恩恵が後世にしっかり伝わり発展して、いま私たちの医療・治療の恩恵を受けているわけですよね。歴史観を知ると、タイムライン上の「現在」という点の重みを感じます…。

今は亡きアインシュタインの脳も、標本として今の医学界に残されているそうです。その画像も展示されていました。なんというか、人類すべてに貢献ができる人なんだなぁ…と、しみじみ思いました。こんなに与えられる人って、素晴らしいなぁ。

今ある自分の命もいつかは尽きることを感じましたし、ささやかな研究の積み重ねが後世のために活かされていることに尊敬の気持ちがふつふつと湧いてきました。

アインシュタインのような天才は脳が重たいのか…?という議論も昔ありましたが、アインシュタインの脳は、ふつうの人と重さや形はさほど変わらないんだそうです。

いま医学で解明されていることはきっと体の神秘のほんの一部に過ぎないんだろうとも思えます。

正解とは何か

つい、真実は何?これはホント?ウソ?と突き詰めたくなるものですが、99・9%は仮説 思いこみで判断しないための考え方 (光文社新書) という本のことも思い出します。そして、私の仕事でも伝えるということにおいて常に念頭に置いていることです。

人体を扱う模型は展覧会を開催するにも関係各所の許可が難しいことをよく見聞きします。こちらの展覧会も影には沢山の方々の尽力があったのだろうと察します。学ぶ機会を与えてくださったことに感謝したいと思えました。

そして、いま、生きていることのありがたみと、さらに踊れることの喜びをリアルに感じました。

今日、生きている。これだけで、なんて、素晴らしいことなんだ。

人体展で、そんな思いを詰め込んで帰ることになるとは予想していなかったので、とてもポジティブな刺激を持ち帰りました。

「体に向き合う」と一言では表せないほどの、歴史的倫理観であったり、真実を受け身としてではなく自ら洞察するつもりで見つめるような気持ちを掻き立てられるのではないでしょうか。

ちなみにここで書いたことは、個人的な記録にすぎませんので、あしからず。

体の構造を立体的に肉眼で見つめながら、自然と科学の交わる神秘的なダイナミズムを感じてみたい方は、ぜひ足を運んでみてください。

トップページ | 特別展「人体―神秘への挑戦―」(2018年3月13日(火)~6月17日(日))-国立科学博物館-