バレエヨガインストラクター三科絵理のブログ

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《いま、ここ》を感じること 〜ヨガと坐禅は、なぜ心を癒すのか。〜

ヨガも坐禅も、心に向き合う方法として、現代人に多く支持されています。先人たちが遺した生きるための知恵の、なにが心を癒すのか。どちらも深遠な精神性に満ちた世界観なので、一言では語れませんし、わたし自身も学び続けている途中ではありますが、今回は《いま、ここ》を感じるということについて書き留めてみたいと思います。

《いま、ここ》を感じること

《いま、ここ》を感じること。
過去でもなく、未来でもない、現在。
いま、ここにいる自分自身に意識を向けること。 それらは心の落ち着きや満たされている感覚をもたらします。

せわしなく生活していると、それを見失ってしまいます。 だから、それを気づかせてくれるヨガや坐禅に魅了されるのではないでしょうか。

意識を自分の「内」に向ける

わたしたちは、「心ここにあらず」といった状態になってしまうことがあります。

スマートフォン、パソコン、テレビ、街中の広告などから大量の情報が飛び交っていて、わたしたちのあらゆる欲求や思考を刺激しています。
また、家族・友人・恋人・同僚・上司・先生といった人間関係からも、感情がかき乱されたりします。

こうして、日常生活では自分の「外」に意識を向ける対象がたくさんあり、次々と飛び移ってしまいます。
心は常にうつろいで、自分の内に向くことなく、安定せず、落ち着きがなく、冷静さを失ってしまいます。
やがて、ある一つのものにじっくりと時間をかけて意識を集中させることができなくなってしまいます。

そんな状態で、じっとヨガの瞑想をしたり、坐禅を組んでも、気が散ってしまいます。たったわずか1、2分でも苦痛に感じてしまう人も多いはずです。

常に自分の「外」にあるものに意識を向けているから、いざ自分の「内」に意識のベクトルを合わせても、どうしていいのかわからなくなってしまうのです。

心を暴走させる思考をひとつずつ手放す

人間は1日で約5〜60,000個におよぶ思考をしていると言われています。しかも、その6割がネガティブなことを考えていることが多いそうです。

特にネガティブな思考は、暴走して歯止めが効かなくなります。それが1日の6割を占めていたら、心はそちらへすっかり奪われてしまいます。いきすぎると自分自身をも見失ってしまいます。

ヨガと坐禅は、そうした心の暴走を止める働きをします。

《いま、ここ》を感じることで、ありのままの自分を取り戻すのです。

例えば、昨日の嫌な感情を思い出しているのであれば、それは「過去」のことであって、「いま」ではありません。 また、明日起こるかもしれない不安を恐れているのであれば、それは「未来」のことであって、「いま」ではありません。

必要以上に心を束縛するような悩み、苦しみ、不安の多くは、過去や未来に執着しすぎて、余計な思考を手放せない状態になっています。

ヨガや坐禅は、真摯に実践することで、《いま、ここにいる》こと自分自身を思い出し、感じとり、内省することで、余分なものを手放していきます。

過ぎ去ったことに執着しているのであれば、手放す。 未来のまだ起こっていないことならば、必要以上に心配したり考えすぎるのをやめる。

そうして、心を暴走させる思考を一つ一つ手放していくことで、余分なものがそぎ落とされて、いまここにいる心の純度の高い自分が浮かび上がってきます。

自分をきれいに洗い流す「心のせっけん」

《いま、ここ》を感じることで、過去にも未来にもとらわれず、余分な思考や感情を手放して、ありのままの自分が浮かび上がってくる。
余分なものを手放すと、心が洗われ、本来の自分を取り戻したような感覚に包まれます。
それが、ヨガにも坐禅にも、共通しているマインドのひとつだと思います。