バレエに出会うって、人との出会いと同じくらいに運命の出来事のように私は思う。
自分は昔からコンプレックスが多すぎて、
「なんでよりによって(そもそも体型の不利な)バレエに出会っちゃったんだろう…」
もう運命のいたずらか、間違い?のように思えて仕方なかった。
バレエの神様には、愛されてないかもしれない。
でも、私は愛してしまった。
だから、踊っている。
そんな感覚。正直、それは今も思う。
憧れたバレリーナたちの言葉で、子供の頃から一番大好きなだったのが、
「音のすきまを聞いて踊るの」
というほんの一言だった。たしかインタビュー記事の中だった。
その詳しい意味までは書いていなかったのが、小学生の自分の好奇心をかき立てた。
なんとなくわかるようで、でもまだ知らない奥行きを感じさせる。
もちろん音に合わせて踊っているけど、「たぶんそういうことじゃないんだろうな。」と、子ども心に思わせる不思議な言葉だった。
ああ、もしかしたらこういう感じなのかなと気づいたのは、18くらいのときだった。
今も、その意味を考え続けてる。
昔に思い描いたバレエ人生とはまったく違う道のりを歩いてきたけれど、
ある女の子が「いいなぁ、わたしもそんな風になりたい」と言ってくれた。
そう言ってくれたのは、素直に嬉しかった。
バレエの神様に愛されているかはわからないけど、「自分はなんで踊るのか?」という答えにはじゅうぶんだった。
今も大人バレリーナの方々から
「こんな自分が踊るなんて恥ずかしいけど…やっぱり絵理先生に出会ってバレエを再開してよかった」と言ってくださる言葉が私を支えてくださっている。
未来の道は見えなくても、今見える一番大事な一歩を踏んでいけば、あとから道になっていく。
子どものときは、大人にはみんな見えるのかなって思ってた。
見えなくて、当たり前。
見えないからって、焦る必要もない。
自分で正解にしていけばいいんだから。
神様の気持ちはわからないけれど、自分からの愛はたくさん注いでいこうと思う。
これからも。