バレエ作品ジゼルの白い精霊、ウィリー。幽霊。バレエで見たことがあっても、「ウィリーっていったい何?」と、イマイチ疑問が残る人も多いかと思います。
「どうして、若い男性を殺してしまうんだろう?」
「どうして、あんなにウィリーの女王ミルタは恐ろしいんだろう?」
かんたんなあらすじだけですと、ウィリーは不思議でいて、人の命を奪う恐怖の存在でもあります。
ジゼルは、1幕の村娘がかわいらしくてとても人気ですが、実は2幕の精霊の場面が先に創作されたんだそうです。これもちょっと意外ですよね。
そんなウィリーを知るためには、原作でもある、ハインリヒ・ハイネという人が書いた踊り子の幽霊伝説がヒントになります。
精霊伝説で語られる「ヴィリス」とは
ハイネは、ドイツで古くから民衆が信じていた伝説・妖精・魔法などを「精霊物語」として説明しました。ファンタジーではなく、たんたんと実際の民間信仰を説明している文章です。
そのなかで、ジゼルの原作になったとされる「ヴィリス」という踊り子たちの幽霊が紹介されています。それが、不思議な存在「ウィリー」を理解するために役立ちます。
(「ヴィリス」は、英語圏などを経由して日本では「ウィリー Wilis」と呼ばれることが多くなっています。)
精霊伝説のこの文章は、ジゼルの論評でよく引用されていますが、ここでも紹介しておきます。
オーストリアのある地方には、起源的にはスラブ系だが今のべた伝説*1とある種の類似点をもった伝説がある。
それは、その地方で「ヴィリス」という名で知られている踊り子たちの幽霊伝説である。ヴィリスは結婚式をあげる前に死んだ花嫁たちである。
このかわいそうな若い女たちは墓のなかでじっと眠っていることができない。彼女たちの死せる心のなかに、死せる足に、生前自分で十分満足させることができなかったあのダンスのたのしみが今なお生きつづけている。
そして夜なかに地上にあがってきて、大通りに群れなして集まる。そんなところへでくわした若い男はあわれだ。彼はヴィリスたちと踊らなければならない。彼女らはその若い男に放縦(ほうじょう)*2な凶暴さでだきつく。そして彼は休むひまもあらばこそ、彼女らと踊りに踊りぬいてしまいには死んでしまう。婚礼の晴れ着にかざられて、頭には花の美しい冠とひらひらなびくリボンをつけて、指にはきらきらかがやく指輪をはめて、ヴィリスたちはエルフェ*3とおなじように月光をあびて踊る。彼女らの顔は雪のようにまっ白であるが、若々しくて美しい。そしてぞっとするように明るい声で笑い、冒涜*4的なまでに愛くるしい。そして神秘的な淫蕩(いんとう)*5さで、幸せを約束するようにうなずきかけてくる。この死せる酒神の巫女たちにさからうことはできない。人生の花咲くさなかに死んでいく花嫁たちをみた民衆は、青春と美がこんなに突然暗い破滅の手におちることに納得できなかった。それで、花嫁は手に入れるべくして入れられなかった喜びを、死んでからもさがしもとめるのだという信仰がうまれたのである。(岩波文庫 32-418-6 『流刑の神々・精霊物語』ハインリヒ・ハイネ著 小沢俊夫訳 p24〜25)
いかがでしたか。「ウィリーって、こういうことだったのね!」とびっくりした方もいるのではないでしょうか。
バレエの世界では幽霊とはいっても美しくて清らかな感じがありますが、原作を読むと、もっとリアルで、生々しく、人間味もあるように感じられますね。
- 花嫁姿のような晴れ着で、花冠・リボン・指輪をつけている
- 夜に地上に現れる
- 顔は雪のようにまっ白で若々しくて美しい
- ぞっとするように(←ちょっと怖い。)明るい声で笑う
- とにかく愛くるしい
- 月光をあびて踊る
ちょっと不気味にも感じさせる近づきがたい踊り子の幽霊…
その信仰を作り上げたのは、キリスト教が浸透する以前の時代と言われています。
現代とは違う生活ですし、若者や子供の死というは、今より身近に多かったのかもしれません。
悲しみにあわれむ気持ちから、こうした精霊の存在を信仰していたのかもしれませんね。
ジゼルのウィリーたちの世界には、実際に昔の民衆に信仰されていた、若い女性の幽霊伝説があったというわけです。
昔の人々の暮らしと、妖精の信仰
この「精霊物語」は1835年〜36年に書かれたそうです。これを書いたハイネは、フランスの人々へドイツ古来の精神文化を紹介するため、という目的があったそうです。実際に、後にフランス人のゴーティエがハイネの精霊物語を読んでジゼルを創るための着想を得たわけです。こういった作品どうしのつながりというのは興味深いですよね。
民衆の間で信じられていた小人・妖精・魔法といったものは、ヨーロッパでも各地でさまざまなものがったようです。ホビットもしかり…。
日本でいう、山の神様、森の神様、海の神様、といったように、いろいろなものに神が宿っていると考える民俗信仰に似ています。
でも、時代とともに、ヨーロッパでは、キリスト教が広まっていき、民俗信仰は姿を消していきました。キリスト教は一神教ですから、そういったものはみな「迷信」とされてしまったからです。
ハイネは、そういった迷信とされてしまう民間信仰は、民衆の生活に深く根ざしていると考えていました。なので、社会からどんどん追いやられてしまう民間信仰のさまざまな伝説を書き残しておこうと、同情を込めて書いたそうです。(詳しくは解説章をご覧ください)
となると、ジゼルの精霊の世界というのは、時代の大きな波にのみこまれながらも、昔の人々の暮らしぶりの名残であるというようにも感じられます。
クラシックの作品には、歴史と由来をひもとく深みがあり、そこからまた一味違った味わいが広がります。みなさんも今度ジゼルを見るときは、またいろんな角度から見つめ直してみてはいかがでしょうか。
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