バレエヨガインストラクター三科絵理のブログ

バレエヨガインストラクター三科絵理

《フライト・パターン》クリスタル・パイト振付

間があいてしまいましたが、ロイヤルのトリプルビルシネマビューイングより、最後の作品。「フライト・パターン」について。

カナダ出身の振付家である、クリスタル・パイトという女性が振り付けた作品で、テーマは難民問題というバレエにするには現実的かつ現代のリアリティある大きな主題でした。戦乱から逃れようと困難な旅を続ける難民たちをどのようにバレエで表現するか。

ローレンス・オリヴィエ賞を受賞しており、音楽とダンスの構成、振付についてもすばらしくまとめられていました。なるほどと思わされます。音楽は、ヘンリク・ミコワイ・グレツキ。

初めて見て感じたことは、バレエの無限なる可能性です。もはや役を演じているという次元ではなく、36人の群舞が1つとなって、感情そのものになっていました。大海の魚群のようなダイナミズム。

難民問題といっても、「どのようにバレエで扱うのか?」が難しいポイントです。

もともと古くからはお伽話やギリシア神話などのような現実離れした世界観にさまざまな役を立ててお芝居と踊りをみせるというのがバレエでしたが、こうした現実的な地球上の課題をどうダンス作品にするのか?まったく想像がつきませんでした。

デニムのカジュアルな格好に、コートのような羽織物、見た目はバレエというよりも世界中の日常的な人々の姿。

ソリスト的に動く瞬間も時折ありましたが、主には群舞です。群舞といっても、きらびやかなではなく、家を失い道端で暮らすかのような、あるときは赤ん坊を貧困の中で育てているような、あるときは絶望で打ちひしがれているような難民たちの姿。

見ていてとても苦しそうな感情にぐっと胸をつかまれます。でも、苦しいという言葉と裏腹に、コールドは美しいのです。でも見ていて幸せな気持ちになるようやいわゆるバレエらしい美しさというよりも、アートとして悲しみの感情を表現するための美しさ。みな一糸乱れず揃っていて、群としての大きな存在感を放ちます。

その前に観ていた作品たちを忘れてしまうくらいに強いインパクト。いろいろな戦争の時代の映画を思い出す感覚になったり、ナチスの収容所に向かうのではないかというような逃げ出したいけどほかに手立てのない中列をなして一人ずつ進んでいく光景など。

最後には雪のようにハラハラ振らせていて、それがダンサーたちの身体美と織り混ざるのですが、美しいほど、残酷さを帯びてくる。悲しい作品というのはクラシックバレエにもいろいろありますが、これほどにリアルに感じられたのは初めてなほどでした。これが雪ならば、寒くて貧しい姿には命の危険さえある… でもダンスはやがてどんどんピークに達していき高揚状態の頂点に達していく。その先に彼らが安心して安堵しながら怯えることなく穏やかに暮らせる日々が待っていてほしい、そう希望を願わざるを得ない気持ちで幕が閉じました。

セバスチャン・サルガドという写真家の撮影していた難民の姿の写真作品を思い出しました。

地球にラブレターを書くような仕事 ヴィム・ヴェンダース監督映画「母なる地球に還る セバスチャン・サルガド」を観て - バレエヨガインストラクター三科絵理のブログ

フライト・パターンでも、赤ん坊を抱きかかえた母親が、苦しみながら守ろうとしているのですが、赤ん坊の状態が豹変したのか(たぶん亡くなってしまったのでしょうか)さらに絶望してゆく姿もありました。

ロイヤル・バレエとしてもこうしたテーマの作品を作りたかったそうで、クリスタル・パイトの思想や哲学とうまく合ったのでしょう。ダンサーたち(難民たちの群れ)の表現したい心のうちはまさに一体化していました。クリスタル・パイトはただ綺麗なものを作るなどではなく、問題提起してメッセージ性をもたせる振付家だということがインタビューからも伝わってきました。

王侯貴族たちの文化から生まれたバレエが、このような主題でロイヤルバレエで上演されるのは素晴らしいことだと感じます。

生で見る機会はなかなか無いかもしれませんが、ぜひYouTubeでもご覧になってみてくださいね。