踊れない時間がある。
思うように身体を動かせない日々。 踊ることも、作品に触れることも、 前より遠くなってしまう。
少しだけ、 寂しくなることもあります。
けれど最近、思うのです。 こうして踊れない時間にも、 きっと意味があるのだと。
そういう日々の中でも、 見えないところで、 何かが静かに育っているのかもしれない。
誰かのために過ごす時間や、 目の前のことに向き合う日々も、
かつての自分から見たら、 遠回りのように感じてしまうかもしれません。
けれど、 その時間の中でしか出会えない感情や、 育たないものがあることも、 少しずつわかってきました。
そして、だんだん気づいたこと。
私の体は、 踊るためだけにあるのではなく、 命を育てる役割も持ちながら、
以前よりも、 少し豊かになっているのかもしれないと。
身体を動かせなくても、 踊りが消えてしまうわけではなくて、
静かに、内側で続いている。
踊れない時間も、 踊りの一部なのだと思います。
