バレエヨガインストラクター三科絵理のブログ

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皇帝に愛され、バレエ作曲家の品位を上げた、チャイコフスキーの功績

白鳥の湖、眠れる森の美女、くるみ割り人形。

どれも、チャイコフスキーの作曲による音楽で、有名なものばかり。

ピョートル・イリイチ・チャイコスフスキーは、ロシアに生まれ、19世紀の偉大な作曲家として知られています。

彼とバレエの関係には、いろんなエピソードがあるようですが、そもそも、なぜチャイコフスキーが偉大であったかという話は聞いたことがありますか?

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ピョートル・イリイチ・チャイコスフスキー(画像はwikipediaより)

チャイコフスキーの経歴は少し変わっていて、子どもの頃から音楽の道を目指していた人ではありませんでした。高等教育を受けて、法の仕事に就いていたのです。

それが、20歳になる頃に音楽を学び始め、23歳になる頃に、法務省の仕事を辞めて、音楽に専念することにしたという経歴の持ち主。

文官という立場を捨てて、音楽の道へ・・・この転機はすごいなぁと思ってしまいます。音楽の才能が開花して、彼自身にも世界のためにも本当に良かったことですね。

音楽教育を学び、音楽院で講師をした時期もあったようですが、作曲に専念しはじめ、「ピアノ協奏曲第1番」などをはじめ作曲でも才能を発揮していました。

それから、バレエの作曲もするようになるのですが、当時のバレエ音楽の作曲というのは、世間的に見て低く見られるほどの扱いだったそうです。

というのも、バレエの興行自体が成功しなければやはり作曲家としてのプライドもあるでしょうし、またバレエのために細かい注文を受けてそれに見合うように作曲しなければならず、作曲家としては苦労する点が多かったのです。

しかも、生の舞台では、ダンサーの踊りに合わせてしまうので、もともとの音楽から一部カットされたり、入れ替わったり、作曲家の思うようには完成しないこともしばしば。

特に、有名になったあとの作曲家にとっては、バレエ音楽の作曲をするのは、あまり引き受けたくない仕事であったのです。

そこに、チャイコフスキーはバレエが好きであったこともあり、バレエ音楽を成功させて、バレエ自体の文化の発展に貢献させたのです。


ロシア皇帝アレクサンドル3世

特にロシア皇帝にとっては、バレエという文化が国力を表すようなほど重要な存在でしたので、チャイコフスキーのような偉大な作曲家の存在は大きなものでした。

チャイコフスキーの死後は、当時の皇帝であったアレクサンドル3世が国葬をしたほどです。

葬儀費用を負担して、花を贈るだけでなく、軍楽隊を派遣して、それが一市民のために初めて演奏した瞬間だったそうです。


晩年の邸宅

私は、チャイコフスキーの3大バレエの中でも、眠れる森の美女の第2幕幻想のシーンや、白鳥の湖の第4幕、くるみ割り人形の雪の場面など、これらの切ない空気感が個人的に好きです。もちろん、気品高くてきらびやかで有名な場面も好きなのですが、物語の中でもうつろいゆく切ない間(ま)の表現が、鳥肌が立つほど息を呑んでしまいます。


The Sleeping Beauty - Prince Florimund in Act II (Steven McRae, The Royal Ballet)

(こちらは眠れる森の美女の幻想のシーンの王子の踊り。スティーブン・マックレーの踊りも見事で優雅さが満ち満ちています。同じ場面のオーロラ姫の曲も必見です。良い映像を見つけたらまた書きますね)

まるで、美術で言えば、明と暗を描き分ける画家たちのような繊細さを感じます。(レンブラントとか、フェルメールとか、・・・)

チャイコフスキーは、精神的にも繊細な心の持ち主だったようで、そうした人柄がにじみ出る瞬間なのでしょうか。

みなさんも、有名なシーンだけでなく、いろいろな場面の表現もぜひふれてみてくださいね。