バレリーナたちは、どんな一瞬一瞬にも、輝きをそえようと努力しています。
人間の第一印象は3秒で決まる・・・などということが言われますが、
舞台のバレリーナは、
どんな瞬間でも美しい彫刻であるように、油断せず心を配っています。
魅せ場の回転・ジャンプや、
フィニッシュのポーズを美しく飾るだけでなく、
もっと小さなことにも神経を研ぎ澄ましています。
そのひとつは、袖幕から登場する瞬間です。
バレリーナが姿を現わす瞬間から優雅さに満ち溢れているのは、
袖幕で待つ間、お客様に見えないなかでも全身の神経を研ぎ澄ませ、最大限に美しさを整えているからです。
煌々とライトが照らされているステージを前に、ほの暗い袖幕のかげで息をひそめながら美しさを整えています。
もし、客席から見えていないから・・・と油断して、登場のタイミングになってから整えてもすでに遅いのです。
背筋をととのえ、
肩をさげて、
首を伸ばし、
おなかから重心を引き上げて。
つま先や足首など小さな関節もすべてあたため、
からだに一筋の軸をつくって。
デコルテから上の、顔まわりの空気感すべてを感じて、役柄に合わせた喜びや哀しみの表情を引き出して。
そして、いまの呼吸を感じながら、
からだと心をとけこませていく・・・。
それはまるで、一人の人間が美術の彫刻のように生まれ変わるような瞬間です。
もちろん、袖幕での準備はお客様からは見えません。
でもこの準備の時間があるからこそ、登場の瞬間から、白鳥やオーロラ姫として輝きを放ちます。
だから、客席からみて袖幕から手の指先がわずか見えてきたところだけでも、優雅さを感じることができるのです。
一瞬のために、何十秒も前から集中と緊張を研ぎ澄ませていくプロセス。
一瞬一瞬に、輝きをもたせようとする情熱。
私が舞台製作に関わる人間として、舞台裏のこうした生きた彫刻が完成する瞬間に立ち会うことができるとき、どんなものにも代えがたい喜びを感じています。