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「不思議の国のアリス」の歴史 実在のアリスとルイス・キャロル

不思議の国のアリスの歴史

  • 1832年 ルイス・キャロル(ペンネーム)誕生 本名はチャールズ・ラトウィッジ・ドッドソン

  • 1851年 オックスフォード大学入学

  • 1855年 23歳ごろから数学教師を始める

  • 1862年 30歳ごろ アリスたちリデル家三姉妹にお話を聞かせる。「地下の国のアリス」書き始める

  • 1865年 「不思議の国のアリス」初版(扉ページには1866年と記載)

  • 1871年 「鏡の国のアリス」初版(扉ページには1872年と記載)

  • 1886年 オペレッタ「不思議の国のアリス」初演

  • 1898年 ルイス・キャロルがインフルエンザの肺炎で亡くなる(65歳)

  • 1903年 初の映画化(無声の実写映像)

  • 1933年 パラマウント社の映画化

  • 1934年 アリス・リデル亡くなる

  • 1951年 ディズニー映画誕生

  • 1969年 サルヴァドール・ダリの挿絵による「不思議の国のアリス」

  • 2019年時点で170ヵ国以上に翻訳され、絶版することなく出版され続けている

「不思議の国のアリス」初版誕生

「不思議の国のアリス」物語の誕生は、イギリスのヴィクトリア女王時代である1865年6月。

ロンドンのマクミラン社から初めての出版が出ました。

(実は不都合があり印刷所を変えて第二版をすぐにあらためたので、1865年11月に公式の初版となりました)

1865年というと、日本では江戸時代の幕末、大政奉還(1867年)が起こる直前の頃です。ダーウィンの『種の起源』が1859年。ロンドンで世界最古の地下鉄が開通するような頃、世の中が近代化していく時代とともにアリスの物語は誕生しました。

「鏡の国のアリス」はそれから約7年後、1872年に初版が出ました。

アリスという実在した少女がいた

主人公のアリスという名をもつ実在の少女がいました。

その名も「アリス・リデル」三姉妹の次女です。

アリスのモデルとなった少女: チャールズ・ラトウィッジ・ドッドソン 《アリス・リデルの肖像(複製)》 From The New York Public Library

特別展アリスでも三姉妹の写真がありました。

画像向かって右の展示です。筆者撮影

作者ルイス・キャロルと仲の良かったアリスは、ルイスが即興で話してくれた物語をもっと聞かせてと頼みました。

ボートに乗っているときにお話をしていたようなことから、この超有名な物語が誕生したとは、すごいことですよね。

約2年かけて手書きの本にまとめ「地下の国のアリス」というタイトルでアリスにプレゼントしたのが1864年。


Alice's Adventures Under Ground Originalcover der handschriftlichen Urfassung

その翌年に「不思議の国のアリス」が誕生したのです。

どうやらアリスの家族であるリデル家とは、やがて疎遠になってしまったそうです。

成長してからアリスとルイスは再会しますが、あまりに立派な子女として成長したアリスの姿を見て、ルイスは切なかった…という逸話があるようです。

「鏡の国のアリス」は、そんなふうに成長していくアリスへの想いもひそかに込められているといいます。

作者ルイス・キャロル(チャールズ・ラトウィッジ・ドッドソン)

ルイス・キャロルはオックスフォード大学の数学教員で、アマチュア写真家でもありました。

不思議の国のアリスの作者ルイス・キャロル(ペンネーム)こと チャールズ・ラトウィッジ・ドッドソン 《チャールズ・ラトウィッジ・ドッドソン》 Charles Lutwidge Dodgson, Self-portrait of Charles Lutwidge Dodgson,14 March 1874,The Rosenbach, Philadelphia,1954.2117

数学の講師でありながらも、子どもたちに不思議な冒険や空想のお話をするのがもともと好きであったそうです。また観劇や散歩など趣味ももっていました。

アリスに手書き本でプレゼントした「地下の国のアリス」は、ルイスが手書きの挿絵を描いていました。

アリスの表情、白ウサギ、ダチョウを抱えてクロッケーをする姿、涙の池など、作者本人のイメージが土台にありました。この時代は白黒のモノクロームでした。

やがて出版にあたり挿絵画家ジョン・テニエルが手がけることになります。

挿絵画家ジョン・テニエル

当時の風刺漫画家で名を上げていたジョン・テニエルに、ルイスが挿絵の依頼をして、本が誕生しました。

特別展アリスより 筆者撮影

個性的でどこか愛嬌のある表情をしていて、でも不気味であったりへんてこなキャラクター作りは、物語にぴったりですね!

現在でもさまざまな翻訳本に挿絵が使われています。

時代を超えても愛されていることがよくわかりますね。

世界170ヶ国以上に翻訳される

初版から約3年経ったころ、1869年にはルイスの提案で、ドイツ語、フランス語が翻訳されました。

英語独特の音韻や言葉遊びがあるため、翻訳の難しさはあるものの、そんな心配は最初だけで、このユニークな物語は世界中の人に愛されました。

ディズニー映画のみならず、もっと前の1903年に初めて映画化され、12分の白黒無声映画が実現しました。

現在のような技術はまったくない中で、絵をつないで初期の特殊効果を使い、アリスのおかしな世界を映像にしており、工夫がこらされていました。

他にも映画やオペレッタとして舞台化されたりしていて、わたしたちの印象強いディズニー映画となるのはもっと後の1951年のことです。日本では1953年に公開されました。

ウォルト・ディズニーは子供でもわかりやすいように難解さを削ぎ落とし、「不思議の国のアリス」と「鏡の国のアリス」のあらすじを組み合わせて独自の筋書きを立てて、オリジナルのキャラクターを設定させたりしています。キャラクターもかわいらしく、ミュージカル調に音楽がついているので印象に残りやすいです。

日本人のわたしたちもアリスの世界に馴染みができたのは、ディズニー映画の功績も大きいのではないでしょうか。

ディズニー映画を見るだけでは知ることができない歴史の裏側をご紹介しました。

Art & Ballet シリーズでも《ダリの不思議の国のアリス》を創作しています。

またみなさんと踊る機会を作ることを楽しみにしています!

次回の8/23(火)21:00-のクラブハウスでは、《不思議の国のアリス》についてお話しします!!

「不思議の国のアリス」バレエルーム💕🔰OK!芸術・美学・解剖学ゆるく語る部屋 #18 - 愛と癒しのバレエCLUB - Clubhouse