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バレエ「エスメラルダ」あらすじ ユゴー「ノートル・ダム・ド・パリ」小説から着想した作品

バレエ「エスメラルダ」は、1844年ロマンティック・バレエの時代に初演された、バレエの歴史では古い作品です。

物語の舞台は、ヴィクトル・ユゴーが書いた小説「ノートル・ダム・ド・パリ」です。登場人物やあらすじはバレエ用に構成されています。

バレエ「エスメラルダ」について、どんな作品なのかをご紹介します。

『エスメラルダ』を演じるJ・ペロー(左)とC・グリジ(右)(1844年) #/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:La_truandaise,danced_by_Mlle.Carlotta_Grisi,in_the_grand_ballet_of_Esmeralda,composed_by_Cesare_Pugni_(NYPL_b12149127-5243476).jpg)

あらすじ

演出版によって筋書きや設定・結末の運び方が変わることが多いですが、原作の設定も交えながらわかりやすいようにまとめてみました。

人物相関図

舞台は15世紀(1482年)のパリ。街の中心にあるノートルダム大聖堂には副司教のクロード・フロロがおり、捨て子だったカジモドを鐘つき男として住まわせていた。カジモドは、生まれつき体が曲がっており、顔や目の形も歪んでいたため、人々から恐れられ4歳で捨てられていたが、フロロが人影から隠して20歳まで育てていた。

街にはジプシー(ロマ)の踊り子が人目を惹きつけていた。踊り子の名前は「エスメラルダ」。16歳くらいの女の子で、踊りの腕はピカイチ。山羊のジャリを一緒に連れている。

実はこの美しいエスメラルダに一方的な恋心を寄せていた男がいた。それは、副司教フロロ、そしてカジモドもであった。特にフロロは聖職者であるゆえに、人からも真面目一辺倒で見られており、内心秘めた思いを狂いそうなほど煮えたぎらせていた。

そこへ浮浪者集団のボスであるクロパンが青年ピエール・グレンゴワール(作家・詩人)をつかまえており、むごいことに処刑されそうになっている。

「この青年と結婚したいジプシー娘がいなければ、処刑だ!」とクロパンが叫ぶと、エスメラルダも出くわしていた。誰もいないとわかると、自分が結婚すると名乗り出てピエール・グレンゴワールを助けた。形式上の夫婦でしかないが、ピエール・グレンゴワールはエスメラルダに深く感謝する。

カジモドはフロロに「エスメラルダを捕まえてくるように」と横暴な命令をされる。カジモドはエスメラルダを襲おうとするが、王室射手隊・隊長のフェビュス・ド・シャトーペールが通りかかり、エスメラルダを助ける。エスメラルダはすっかり恋に落ち、フェビュスもうれしそうにしている。彼は紋章の入ったショールをエスメラルダに手渡して去っていく。

エスメラルダの家。フェビュスの名前が忘れられないエスメラルダは、フェビュスの文字を書き、山羊のジャリが覚えてしまうほど。こっそりフロロはそれに気づき、フェビュスに嫉妬する。

そこへ、フェビュスと婚約者フルール・ド・リスの結婚式がやってくる。なんとエスメラルダはまだ知らなかったが、愛しの彼はかねてより貴族同志の婚約者がおり、結婚の余興の踊りでエスメラルダが招かれていたのだと知る。悲しみにくれながらタンバリンで悲しく踊り切るも(ダイアローグ)、フェビュスはこっちを見ない。そこでエスメラルダがフェビュスにもらったショールを持っていると、フルール・ド・リスは自分があげたプレゼントだと気づき、結婚式が中断される。(ダイアナとアクティオンの踊りが余興に入ることもある)

打ちのめされたフェビュスはエスメラルダを酒場に誘い込み、エスメラルダに手を出す。エスメラルダはうっとり夢中になっていると、フロロが忍び込み、フェビュスの背中を刺して逃亡。現場ではエスメラルダが犯人として逮捕されてしまった。

不穏な空気の立ち込める街には、処刑台が立っている。そこには捕まっているエスメラルダの姿が見える。フェビュスを襲ったという無実の罪で処刑を下されており、カジモドはそんなエスメラルダを救いたいが為す術が見つからない。一方真犯人であるフロロは「自分と結婚するならここから助けてやり、逃げて一緒に暮らそう」と言うがエスメラルダは頑なに拒否。こんな卑怯な人間と結婚するくらいなら死を受け入れるという。ついにエスメラルダは処刑される。(原作ではカジモドがフロロを殺し、エスメラルダの亡骸に寄り添いながら自分も命を絶っていく)

バレエでも演出によって描き方が異なる

「ノートル・ダム・ド・パリ」を元にしたバレエは初演ジュール・ペロー版などをもとに各国のバレエ団で改訂されてきた「エスメラルダ」のほかに、ローラン・プティ版の「ノートル・ダム・ド・パリ」もあります。

原作の小説が長編であり、登場人物も多いのですが、バレエになるとすべてを取り上げるのは無理なので、どこを描き出すか?が特徴になります。

例えば、画像左のレニングラード国立バレエのボヤルチコフ版「エスメラルダ」は、踊り子のエスメラルダが引き立つ演出で、タンバリンが似合うかわいらしさが満点のバレエです。(後述しますがコンクールで踊られることの多いタンバリンを足で打つ踊りは出てきません。ダイアナとアクティオンのパドドゥも出てきません)エルビラ・ハビブリナ主演のエスメラルダがとにかく美しくて目が離せません。

特にこちらは映画向けバレエとして撮影されていることもありますが、フロロ、カジモド、ピエール、フェビュスたちの踊りの見せ所はやや少なめで、あくまでエスメラルダが主役という感です。フルール・ド・リスの踊る場面も出てくるので、パキータのヴァリエーションの一つに派生したキャラクターの原点を知ることができます。

右のローラン・プティ版の「ノートル・ダム・ド・パリ」は、1965年初演で原作の小説のタッチを生かした大人向けの心理描写も楽しめる作品です。恋愛で引き込まれる男女、隠れて嫉妬する思い、せむし男と美女エスメラルダの希望に満ちた友情、など登場人物がそれぞれ生かされた構成です。それらをパリ・オペラ座の名だたるプリンシパルが共演しているので、キャラクターの関係性がわかりやすく、ドラマが見ものです。(イザベル・ゲラン、ニコラ・ル・リッシュ、ローラン・イレール、マニュエル・ルグリ)

特にエスメラルダとカジモドに感情移入しやすいあたたかな気持ちになる場面展開が特徴です。古典的な振付とはまったく違い、音楽も違いますので、別物のバレエと思っていただくとよろしいかと思います。二十世紀の古典とも評されています。

そのほか、1950年にはブルメイステル版も作られており、現在では各地の劇場で派生しています。

振付・台本 ジュール・ペロー

1844年に「エスメラルダ」の初演を振り付けしたのは、ジュール・ペローです。

これまでのブログでもご紹介してきた「ジゼル」のカルロッタ・グリジの踊りを振付したり、「海賊」を作ったり、「パ・ド・カトル」という4人のバレリーナの共演による幻の名作を生み出した人物です。マリウス・プティパがロシア帝室バレエに勤務し始めた下積み時代の上司(首席振付家)であった人でもあります。

blog.coruri.info

ロマンティック・バレエの中心を担う振付者として、踊り方だけでなく、エスメラルダの台本もジュール・ペロー自身がまとめました。

ジュール・ペローはロンドンでこの作品をまとめ、のちにプティパがロシアのサンクトペテルブルクでも改訂上演し、そのときに音楽を付け足したり、踊りが変わっていきます。

音楽はチェザーレ・プーニが書きました。プティパの改訂時にリカルト・ドリゴの曲を追加したり、タンバリンを足で打つヴァリエーションはイタリアのロムアルド・マレンコの曲が選ばれました。「エスメラルダ」の曲から「ラ・バヤデール」や「パキータ」などに転用している曲もあります。

こうしてさまざまな芸術家が関わってきた作品であり、現在の人気からも伺えるように、昔から多くの人々の心を動かすバレエでもあったようです。

原作「ノートル・ダム・ド・パリ」小説をわかりやすく読むのにおすすめの本

ヴィクトル・ユゴーによる原作「ノートル・ダム・ド・パリ」を元に描かれているバレエなので、登場人物の設定や心理描写が重要になってくる作品です。作家ヴィクトル・ユゴーは「レ・ミゼラブル」でも有名です。

「ノートル・ダム・ド・パリ」はもともとですと長い本ですが、抄訳版の1冊完結の新版がわかりやすく、筋書きの重要なところを理解できるので、読書したい方にはおすすめです。

抄訳版 原書の挿絵もついておりイメージしやすいです

悲劇だと「読むのが辛くならないかしら」と思うかもしれませんが(私もそうでした)、ユゴーの巧みな展開によって、ところどころ感動させられる構成があり、続きが気になるので読み進めてしまいたくなるタッチになっています。登場人物もバレエより多くなりますが、絶妙な深みを引き出してくれると思いました。

原作の長編

ディズニー映画やミュージカルなどにもなる物語

「ノートル・ダム・ド・パリ」といえば、バレエだけでなく、ディズニー映画や劇団四季のミュージカルなど、映像化・舞台化が多々行われている作品ですね。

キャラクターの性格や設定が多少違うこともあり、バレエ作品との違いを鑑賞してみるのも面白いのではないでしょうか。

特にディズニーの「ノートルダムの鐘」は、そもそも原作と設定が変更されてアレンジしてあります。バレエと同じく、原作にいるけれど映画に登場しないキャラクターもいます。なにより違うことは、結末の終わり方です。エスメラルダは処刑から危機一髪免れて、カジモドと友情が芽生え、フィーバス(フェビュスにあたる)にも命を助けられ、民衆から歓喜に包まれます。続編も作られており、小説の悲劇的な終わり方とは違うファンタジーな空気感になっています。

コンクールで人気のタンバリンのヴァリエーション

私の子供時代はヤンヤン・タンの十八番として有名になっていた印象が強い「エスメラルダのヴァリエーション」ですが、実は歴史上ではペロー初演の全幕にはなかった新しい曲として作られたヴァリエーションがです。でもいまやコンクールでも多数踊られるほど、世界中の憧れの作品になっています。

どうやら、もともとプティパが作ったと長年思われていた踊りであったようですが違ったことがわかってきたそうです。

  • 作曲家 ロムアルド・マレンコ
  • イタリアの振付家ルイジ・マンゾッティがミラノ・スカラ座に振付した踊り(エスメラルダではない)

  • イタリア人女性バレリーナがロシアに伝えた

  • 1954年 ニコライ・ベリオゾフがロンドン・フェスティバル・バレエ(現在のイングリッシュ・ナショナル・バレエ)の「エスメラルダ」に組み込む

  • 1982年 ベン・スティーヴンソンが振付改訂→世界中に広まる
     役柄も踊りのポイントもぜんぶわかる! バレエヴァリエーションPerfectブック p71より

ディアナとアクティオンのパ・ド・ドゥ

この曲も最初から全幕に入っていたパドドゥではありませんでした。

1886年にプティパ版が作られ、さらに自身で再改訂を行なっていました。さらにロシアではそれぞれの団の演出が行われていくようになります。

そこへ1935年にアグリッピーナ・ワガノワがリカルト・ドリゴの音楽で振り付けを作り直したことから、ディアナとアクティオンのパ・ド・ドゥとして世界中に広まっています。現在では単独の上演でガラ・コンサート(小品集形式など)で踊られたり、コンクールでも踊られていますので、不思議な気もしますが、このような背景がありました。

全幕は珍しかったが最近は発表会でひそかに人気が沸いている

エスメラルダは少し昔には日本で上演されることがとても少ないバレエでしたが、徐々にバレエ団やバレエ教室などでも物語全体を披露されることが増えてきました。ヴァリエーションやパドドゥが人気であるだけに、全幕でも見たいというニーズが高まっているのではないかと思います。ぜひ原作にもふれておき、人気の曲も知っておくと、さらにこのバレエ作品が楽しめることと思います。