今日は、命の時間について深く感じさせられる悲しいニュースがありました。小林麻央さん。34歳でおられ年齢が近い女性でもあって、たまにブログも拝見していたので、なんの関わりもないですが勝手ながら回復してほしい…とかげながら思っておりました。
急に迫る心配ごともなく、穏やかに過ごせる時間というのは、当たり前のようで当たり前ではない。
だからこそ、
遠くどこかからやってくる奇跡を夢見るよりも、
穏やかな日常こそが実は奇跡の連続なのかもしれない…
とも感じさせられました。
ヨガのスクールでインドヨガ哲学を学んだときのことです。
ヨガは生命のことについても哲学があり、そのなかで「魂」についてみんなで考える時間がありました。別に強制して信じるということではなく、哲学として考える時間です。
そのときに、私はいままでまったく考えたことのなかった自分の「魂」ってなんなんだろう?と考えました。
(※レッスンではこういう話はしていません。変に誤解したり、怖くなってしまう人もいるかもしれませんので。レッスンでは、体の動き、筋肉の使い方を指導しています。)
あるとき哲学の先生は、「あなた(わたし)は誰ですか?」とたずねました。
「わたしは、〇〇です」というと、「それはあなたの肉体につけられた名前です。そうではなく、あなたは誰ですか?」という問いかけがあったのでした。つまり、肉体よりも深いところにある、心、そして意識のことをたずねられていたのでした。
そのときから、この肉体の寿命をこえる何かは、本当にあるんだろうか?と、いろいろ考えさせられました。
そして、「じゃあ、この時代にこの場所でこの肉体をもって生まれた私は、なにをして、どこへ向かうのだろう?」と深く考えさせられました。
それは最終的に、「自分の人生をどう生き抜くか?」という問いかけにもつながりますよね。
なぜこんな話を持ち出したかというと…
実は、バレエの受講生さん方と会話していても、私はよくみなさんの人生観に触れることがあります。
バレエをはじめたきっかけを伺うと、
「人生で後悔しないように行動した」
「病気を経験したり近い人の死を経験してから、後回しにしてはいけないと思った」
とレッスンにたずねてくださる方々が多いのです。
ヨガでも、バレエでも、つまりは人生に向き合うことなのだと私は思います。
日々、いろんな方々のお声を聞きながら、こうしてレッスンができるありがたみを心に刻んでいます。
麻央さんは、さいごまで病気に負けないでブログを書き続けていらして、ブログを書くことは癒しになっているんだというメッセージが、深くしみ入りました。
ご自分の人生で感謝できることをしっかりと認めて、大切な人たちを愛し尽くした姿。
なにも関わりのない私にも、生きることへの強いメッセージを授けてくださるほどに力強いお方でした。ご冥福をお祈りします。