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ロマンティック・バレエとロマン主義 トウシューズの始まり・精霊・空想の世界

ロマンティック・バレエを代表するバレリーナの一人、マリー・タリオーニ

バレエの歴史には、19世紀の発展時期に「ロマンティック・バレエ」と呼ばれる時代があります。トウシューズが誕生したり、白い妖精・精霊たちのバレエが生まれる時代です。

ロマンティック・バレエは、19世紀の美術や音楽のロマン主義に影響されています。

1845年頃、タリオーニら「パ・ド・カトル」https://ja.wikipedia.org/wiki/%25E3%2583%2590%25E3%2583%25AC%25E3%2582%25A8

具体的な年号の定義は諸説ありますが、1830〜1860年(※バレエ大図鑑 バレエ大図鑑の定義によるもの)となります。

19世紀というと、日本は黒船がやってくる時代で、アメリカでは南北戦争があり、ロシアでは農奴解放が起こるような頃です。

ロマン主義の影響を受けたロマンティック・バレエ

ロマンティック・バレエの「ロマンティック」とは、芸術の「ロマン主義」によるものです。

ロマンティック・バレエは妖精が出てきたり、幻想的なバレエ・ブラン(白いバレエ)が特徴的です。

「ロマン主義」とはなにかを知ると、もっと「ロマンティック・バレエ」の時代の雰囲気がイメージしやすくなります。

「ロマン」という言葉の意味

「ロマン」はもともと「ローマ的・ローマ帝国的」の意味です。

ローマ帝国では庶民の言語とは別に、知識人だけが使う言語「ロマンス語」がありました。そして、知識人が庶民を楽しませるために書いた娯楽の物語を「ロマンス」と呼んだそうです。

参考 ここが見どころ! 聴きどころ! 西洋絵画とクラシック音楽

ロマンティックという言葉は17世紀から使われるようになり、古い騎士物語で「突飛なこと」「尋常ではないこと」を指しました。

やがて18世紀になり「想像力に富んだ」という意味も含めるようになっていたそうです。

(参考 ジゼルという名のバレエ (クラシックス・オン・ダンス) 第一章ロマンティック・バレエの発展)

さて、現代の日本語では「ロマンチック」の定義をどのように説明しているでしょうか。

現実を離れ、情緒的で甘美なさま。また、そのような事柄を好むさま。空想的。「—な夢にひたる」 「ロマンチック」の意味や使い方 わかりやすく解説 Weblio辞書

現代の日本語で「ロマンチック」は、ヨーロッパでの意味の歴史をふまえた広義な言葉になっていますね。

このようにして、「ロマン」のルーツを知るとさらに面白くなります。

ロマン主義って、何?

美術と音楽それぞれにロマン主義の派生があるので一概に言いにくいところがありますが、「完全な美」からの反発、反伝統的なところなどに表れます。

おおまかに共通する点は「空想」「想像力」「感受性」「超自然」です。

それまでは、理屈や形式が大切で、まじめ一辺倒といった形でした。厳格で、合理や節度も重視されていました。

ロマン主義はそこから逸脱するように、人間らしさや自然に共感するようなムーブメントが生まれていきます。

人間の感受性や想像力や空想のようなものが好まれるようになるのです

妖精・霊などの超自然のモチーフが流行るようになったり、形式を破るような身分違いの恋物語や、異国情緒、夢などもテーマになっていきます。ロマンティックバレエに海賊が出てくるのも、異国情緒の流れですね。

美術のロマン主義

ロマン主義の前は、ロココの華美な時代からローマ文化に回帰するような新古典主義がありました。新古典主義の画家はダヴィッド、アングル、などです。

世の中でも古代ギリシア・ローマ風のドレス、ドレープ、サンダルなどが流行っていて、ナポレオンの妃ジョゼフィーヌもローマ風のドレスを好んで着ていました。

新古典主義のダヴィッドが描いた「ナポレオンの戴冠式で皇帝となったナポレオンから皇后冠を授けられるジョゼフィーヌ」

どこからロマン主義なのか?という定義がやや難しいのですが、より感情的に開放的になっていきます…。

美術のロマン主義は、直近の新古典主義を否定して始まったので、形式にとらわれないのが特徴となる。逆にいうと、「なんでもアリ」なので、これだという特徴はない。( ここが見どころ! 聴きどころ! 西洋絵画とクラシック音楽 p68)

一応比較のために、こちらも新古典主義のアングルの絵。

「泉」ドミニク・アングル 新古典主義の画家)

ロマン主義になると、形式にとらわれた美しさだけでなく、「悩み」「不安」「美しくないものも描く」といった価値観に変わっていきます。そこで、この世のものではない存在にも注目がおかれていくのです。

『メデューズ号の筏』ジェリコー

代表的なロマン主義の画家は、ショパンと仲の良かったウージェーヌ・ドラクロワ、ゴヤ、ジェリコーなど。

ドラクロワ『アルジェの女たち』(1834年、ルーヴル美術館所蔵)

音楽のロマン主義

音楽でもロマン主義の影響があり、前期と後期に分かれます。その当時はピアノなどの楽器の構造が改良されていき、オーケストラの編成も拡大していく時代でした。

フランスでナポレオン3世が統治するころを境に前期と後期と分かれており、後期になるほど音楽家は代表作となる名曲を作るようになっていきます。それまでは演奏会といえば新作ばかりを披露する場だったのですが、名曲を何度も披露することが習慣になります。すると、作曲家だけでなく、名演奏家という存在も登場していくようになっていきます。

ロマン主義の音楽家といえば、ベートーヴェンが古典派からの革命期で、前期はシューベルト、メンデルスゾーン、ショパン、シューマン、後期はリスト、ブラームス、ヴェルディなど。

ロマンティック・バレエの時代は、美術や音楽も考え方や価値観が変わっていく時代でもあったのです。

産業革命からの影響

この当時、産業革命がイギリスからヨーロッパ各国に広まり、社会的変化が起こっていました。

変化によって人々にとっては不安感も生まれたといいます。そこで不安に対して、過去を理想化したり、霊的なものごとに関心を寄せたり、人間らしい感性や空想が流行したとも言われています。

社会不安があると、世の中が心のとりどころを探していくのは時代を問わず起こりやすい現象ですね。

ロマンティック・バレエの特徴

バレエではどのように影響を受けたのでしょうか?

  1. 白いバレエ バレエ・ブラン

  2. 妖精・亡霊

  3. 異国情緒、情熱的なムード、スペイン風

  4. 身分違いの恋、人間と妖精の恋

  5. トウシューズの誕生

主にこのような特徴があります。

自然を超越するような妖精、精霊、亡霊などが登場するバレエができます。

バレエ・ブラン

バレエは白いバレエの場面が印象的に感じることもよくあります。ロマンティック・バレエの時代のジゼルのウィリーたちや、ラ・シルフィードのシルフィードたちがいる森の場面などのバレエを、バレエ・ブラン(フランス語でブランは白の意味)と言います。

非現実の場面を演出するのに、白くぼんやりしたスカートで生身の体を隠すような衣装はピッタリですね。

ラ・シルフィードやジゼルのロマンティック・チュチュのスカートはこの時代の特徴です。でも、現代の素材とは違い、木綿の布を使っていて重たいものでしたが、産業革命の恩恵を受けた代物でもありました。

さらに、妖精がふわふわと重力から浮いている表現をするためにトウシューズが流行します。まだトウシューズの靴も未改良であった当時、サテンの柔らかい布靴をどうにか縫って指で立つことを試みたバレリーナが出始めて、ラ・シルフィードでほぼ初めて効果的に表現に取り入れることができたのでした。それまではまだトウシューズがなかったのです。

できるだけ現実からかけ離れた空想の世界を演出するために、バレエ・ブラン(白いバレエ)に加えてバレリーナをハーネスで吊る舞台装置が出てきたり、雲の中にいるかのような光の演出を試みようとしていました。

このように、衣装の色そのものだけでなく、トウシューズや舞台装置や照明などからも空想の世界を表現しようとしていました。

トウシューズの始まり「ラ・シルフィード」発展形は「ジゼル」

トウシューズの起こりはラ・シルフィードでした。いかにもロマンティック・バレエを象徴する独立したバレエ作品としては最初の作品で、1832年に初演されました。

(その前に1831年初演オペラ「悪魔のロベール」のバレエシーン「修道女のバレエ」があり、白い衣装に月光を思わせるバレエ・ブランらしい場面でしたが、独立したバレエではありませんでした。)

シルフィードの姿や、主演したマリー・タリオーニは人々のトレンドになっていきます。イギリスのヴィクトリア女王も大ファンでいたそうです。

さらに「ラ・シルフィードのような新しいバレエが見たい!」と世間が求めていました。

その流れで誕生し、ロマンティック・バレエの最も発展して代表作となったのが「ジゼル」です。悲しい物語ではありますが、亡霊となってしまったジゼルのウィリー(精霊)姿がまた時代の流行に乗ります。

Giselle -Carlotta Grisi -1841

ジゼルの初演から主役を踊り続けて大人気となったカルロッタ・グリジ

パリのバレリーナたちがトウシューズで踊れるようになっていき、時代背景としても精霊が好まれていた状況で、さらに人々を虜にしていったのでした。

バレリーナが花と真珠をつけていることもエレガンスを感じさせます。

ファッションでジゼルの飾りを真似したり、フランスの布メーカーが「ジゼル」という名のシルク商品を新開発したりするほどでした。

異国情緒らしいバレエの代表作「海賊」

Corsaire -Medora -Carolina Rosati -1856)

バレエの海賊は今でも人気の作品で、コンクール、発表会、ガラ公演などでもよく上演されます。

この海賊もまたロマンティック・バレエの時代のものです。

バレエ・ブランとは少し異なりますが、船で航海する主人公たちが奴隷商人のマーケットから美女に出会ったり、夢のような花園の場面で美しいバレリーナたちのコールドバレエが広がっていくというのは、なんともドラマティックですよね。

Corsaire -Shipwreck by Gustav Dore -circa 1860)

これは第3幕の舞台スケッチと言われている絵ですが、上記にのせた『メデューズ号の筏』ジェリコーとも少し似ていますね。

『メデューズ号の筏』ジェリコー

はるか外国に夢をはせて物語が展開し、身分違いの出会いも感じさせるようなところがロマンティック・バレエの時代を表す作品でもあります。

このようにして、19世紀のバレエはまだフランスのパリが中心舞台でありましたが、トウシューズが誕生し、妖精たちの空気に浮かぶエアリーなステージが発展していく時代でした。

この時代のバレエにふれるときがあったら、ぜひロマン主義とロマンティック・バレエの影響も思い出していただくとさらに楽しめるのではないかと思います。

参考

クラブハウス

ロマンティック・バレエの時代 バレエルーム💕🔰OK!芸術・美学・解剖学ゆるく語る部屋 #24 - 愛と癒しのバレエCLUB