あらすじ
登場人物
パキータ ラマ(ジプシー)の女の子
リュシアン・デルヴィリ フランス軍人。現総督の息子
イニゴ ラマたちのリーダー(パキータに片想いしておりリュシアン襲撃計画を立てる)
ドン・ロペス サラゴサ知事(イニゴと共謀)
コント・デルヴィリ フランス人現総督。リュシアンの父
ドナ・セラフィーナ リュシアンの婚約者
第一幕 第一場
舞台はスペインのサラゴサにある、トゥロー渓谷。背景は岩山で囲まれています。
ここにはスペインのロマ(ジプシー ※スペイン語ではヒターノ/ヒターナ)という人々が住んでいます。
当時はフランスが統治しており、フランス人の総督コント・デルヴィリがいました。
前総督は残念ながらこの場所で悪党によって殺されてしまったので、石碑を建立しています。
「1795年5月25日、妻と娘とともに殺害された、シャルル・デルヴィリ、我が弟の霊に捧げる。」(台本より)
このサラゴサという地では、ロペスという名の知事がフランス総督の指示下で管轄しています。
現総督の息子はリュシアンというフランス軍の若き青年です。
統治国フランスの若者たちが踊っていると、スペイン人のロマたちがやってきます。
その中にパキータという美しい娘がいました。
ジプシー団のリーダーはイニゴという男で、パキータに恋心を寄せていますが、相手にされません。
パキータたちを踊らせて、見せ物として観客からお金を集めるように働かせています。
お祭りで踊るパキータを見て、リュシアンは結婚したいくらいに恋に落ちます。
でも、リュシアンには婚約者のセラフィーナがいます。 (※初演台本ではロペス知事の妹という設定)
フランス軍と知事の政略結婚です。
それでもリュシアンはぞっこんで、パキータは徐々に心を開きます。
パキータにとっては、「自分はロマ(ジプシー)の階級であって、リュシアンのような血筋の家と婚約できる身分ではない」と遠慮しているのです。
ただ、パキータは他のラマ達の顔と比べて人種が違う様に見えて、リュシアンは疑問を持ちます。
パキータは「生まれはわからない、ただ小さな頃からつけているメダイヨンだけが手がかりなんだけれど… 」とためらいます。
メダイヨンにはパキータの父と思われる肖像画がはめ込まれていました。
でもその大事なメダイヨンがイニゴに盗まれたことに気付き、パキータはがっくりします。
夜。祭りが終わり、地元民のジプシーたちとフランス軍関係者(貴族)たちが去りますが、リュシアンはひっそりパキータのもとへ追いかけていくのでした。
パキータに恋したリュシアンに対して、嫉妬しているのはイニゴです。知事ロペスに暗殺計画を持ちかけます。ロペスにとっては、多くのスペイン人がフランス軍によって犠牲になったことを復讐したいと思い、計画を実行に移すことに決心します。
第二場
ラマの家。古びた時計やテーブルが並ぶ居間で、イニゴとロペスたちが暗殺計画を立てます。リュシアンに毒を飲ませて眠らせて襲う計画です。
しかし何も知らなかったパキータが偶然居合わせてしまいました。影で聞いていたので、誰が標的かはわからないけれども、この危険な計画をこっそり聞いてしまったのです。
恐る恐る立ち去ろうとするパキータですが、椅子につまづいてしまい、イニゴに気づかれます。
パキータは「いえ、今来たばかりで何も聞いていないわ」と釈明していると、ドアからリュシアンが入ってきました。
(標的は、リュシアンだわ!)
パキータは、リュシアンがこれから襲われることを察知して、なんとか守ろうとすることに。
イニゴが食事と葡萄酒でリュシアンをもてなそうとし、毒入りのグラスを置きます。
それをパキータが入れ替えて、二人は乾杯をします。
飲ませるはずだった毒入りを自ら飲んでしまったイニゴは、だんだんよれよれになっていき、倒れて眠りに落ちます。
パキータはイニゴからメダイヨンを取り返し、リュシアンとなんとかその場から脱出することができたのでした。
第二幕
フランス総督の館で舞踏会が催されています。
知事ロペスとリュシアンの婚約者が華々しく現れ、貴族たちに囲まれて踊ります。
でも肝心のリュシアンが現れず、父の総督は心配します。
そこへ、やっとリュシアンが到着し、なぜかパキータを連れて来ました。
父や祖母たちに何をしていたのか問われ、リュシアンは「自分が殺されそうになったところをパキータが助けてくれた」と明かします。
「ジプシーの身分のこの女性が命の恩人なのか!」とみな驚きます。
パキータは、その場で「知事ロペスが関与していた」とみなにばらしました。
婚約者とは破断になり、リュシアンはパキータと結婚したいと持ちかけます。
パキータは身分を気にかけていましたが、ふと目の前のある肖像画に気づきました。
私がいつも身につけているメダイヨンの人物だということを!
そこで、パキータの正体が分かり、もともとフランス前総督の娘であることにようやく気づいたのです。
父が襲われてしまったとき、幼いパキータはイニゴに誘拐されていたのでした。
パキータも幼少期のおぼろげな記憶の中に、父がサラゴサで殺されたのを目撃していたので、これで血筋が明らかになったのでした。
パキータは、前総督シャルル・ディルヴィリの残した子供、忘れ形見であったとは。だからこそ、ラマたちの中でも少し違った存在感を放っていたのです。
リュシアンの父や祖母たちは、パキータがジプシーではなく、由緒正しき結婚相手となる血筋なのだとわかったため、みなで結婚式を祝うことになったのでした。
有名なパキータのグラン・パ・ド・ドゥは、この結婚式の場面を取り上げているものです。
全幕が上演されなくなった幻のバレエ
パキータは1846年が初演でカルロッタ・グリジが主役を踊り、今でも抜粋のグランパドドゥやパドトロワが日本中の発表会でも見かけるほど愛されていますが、全幕の作品は歴史の中で消えてしまいました。
当時はジョセフ・マジリエが振付をし、「素朴なメロドラマ風の筋」で「踊りの内容がぱっとしない」様子だったそうです。( CD「テンポが選べるヴァリエーション曲集3」 作品解説より)
そこで、プティパが改訂し踊りの見せ場を構成しました。それが第一幕のパトトロワと、第二幕のグランパドドゥ、さらには子供達による華やかなマズルカも加わったのです。プティパ版の初演は、エカテリーナ・ヴァーゼム。音楽もデルデヴェズ作曲だったのをミンクス作曲を挿入したりしました。現在知られているパキータはプティパの功績が大きいのです。
プティパがいなかったら、パキータという作品の名すらこんなに広まっていなかったかもしれません。(ちなみに初演のリュシアン役は、プティパの兄リュシアンが演じていたのでした。)
それから時代と共にパキータの豪華絢爛な様式美を打ち出し、抜粋として人気を博し、現代まで踊り続けられています。
全二幕の作品として現代で見られるのは、パリ・オペラ座のピエール・ラコット演出版による復刻のパキータです。
パキータの全幕DVD
なかなか生で見る機会は少ないですが、パリ・オペラ座によるラコット版のディスクが販売されています。
輝かしいエトワールペアのアニエス・ルテステュとジョゼ・マルティネスの主演です。エレガンスと情緒豊かな演技がハイクオリティーの技術とともに楽しめます。
全体としてわかりやすいお話にまとめられており、見せ場も多く、衣装も見事でおすすめです。ジプシーと貴族の対比もそれぞれの良さを引き出しています。
第一幕のパ・ド・トロワは、よくバレエ発表会でも踊る事の多い曲で、もともとはお話のここにあったのかと発見できます。
バレエショップでも取り扱いが希少かもしれませんが、図書館や劇場ライブラリーなど機会があればぜひご覧ください。
初演の台本が読める資料
台本を全文読むには、希少な専門書になりますが、こちらの本が役立ちます。
昔のバレエ作品の台本は往々にして登場人物たちのドラマが複雑で長すぎることが多いですが、パキータの台本もラコット版などと比べると元来多くの設定が入っていたことがわかります。
話が飛躍するとわかりにくいところ等が台本を読むと理由がわかったりするものです。
異国情緒を楽しむバレエ
さて、パキータの物語はいかがでしたか?
ラコット版のようにわかりやすくまとめられていると、現代でも全幕として鑑賞するのに愛すべきバレエと私は思います。もし全幕が広まっていく流れがあったら、他の古典作品と同様に多くの人に好かれる作品になる事でしょう。
パキータが生まれたのは19世紀のロマンティックバレエの時代ですが、異国情緒たっぷりで、ジゼルや妖精などのようなキャラクターは出てきませんが、フランスから見たスペインという異国への憧れを描いています。ジプシーたちのタンバリンやカスタネットの舞いもあれば、フランス貴族社会の優雅さもしっかりと味わえます。
ドン・キホーテも地中海の陽気な異国情緒を描いているという点において、似ていますね。
パキータのグラン・パ・ド・ドゥがお好きな方は、ぜひ全幕作品もご覧になると、一層楽しめることと思います。