バレエヨガインストラクター三科絵理のブログ

バレエヨガインストラクター三科絵理

ミュシャはバレリーナをモデルにしていたことがあった

9月のArt & Balletは新しく作る作品で、《Lily 〜ミュシャの夢〜》をみなさんと踊ります!

そこで、事前にみなさんとミュシャの世界観を共有できるような話をご紹介します。今回は、バレエとミュシャのつながりを見てみましょう!

現在渋谷のBunkamuraで開催されている「みんなのミュシャ展」の作品から着想を得ていますので、ぜひご覧になりたい方はおすすめです!(2019年9月29日まで)

ミュシャとバレエのつながりって?

ミュシャは美しい女性を描いていましたが、バレエとのつながりはあったのでしょうか?

たとえば、このリトグラフは《舞踏ー連作〈四芸術〉》というもので、詩、音楽、絵画と組み合わせてダンスを描いた絵です。

アルフォンス・ミュシャ 《舞踏―連作〈四芸術〉より》 1898年 みんなのミュシャ展公式サイト

シンプルな立ち姿のようですが、どこかバレエのような仕草を思わせるなぁといつも思っていました。

特に、つま先をルルベにして膝はまっすぐ伸び、デコルテと肩のラインはさながらバレリーナ。人の体のラインを見るとどうしてもそういった見方を発見してしまいます。なぜなら、バレエ初心者の方にはなかなか真似するのが難しいラインの表現でもあるからです。

宣伝を忘れるほど美しい女性たちの絵

さて、そもそもみなさんはミュシャの絵を見たことはありましたか?

あまり美術のことを知らないという人でもきっとどこかで見たことがあるような画家ではないでしょうか。もちろん、知らなかったという人もバレエレッスンでは大歓迎ですので心配しないでくださいね。

イラストやグラフィックデザインに携わる人は特に知られていることが多く、例えば《夢想》が有名です。私も好きな絵です。

夢想 Reverie, poster for the publishing house Champenois (1897)

柔らかな物腰の女性の周りに、直線と曲線などがバランスよく配置されていて、さりげないようでいてかなり計算しつくされた構図に見えます。ミュシャはこのような独特のミュシャ様式というスタイルを確立させてたくさんの人を魅了しました。もともとは1897年パリの出版会社シャンプノワの自社カレンダー用に考案されたようですが、一般向けのポスターや他の宣伝に転用され大人気となったようです。こんなに美しい絵では宣伝であろうとも見入ってしまいますし、自然と気に入ってしまいそうですよね。ミュシャは卓越したデッサンと構成力のバランスに長けていました。

それはつまり、どんな視覚効果が人々を魅了するのかをよく心得ていたのだろうと思わされます。その才能がたまたま商業デザイン(ポスター、パッケージなど)の分野で時代のニーズとマッチしたのが興味深いです。

ネスレの宣伝 Nestlé's Food for Infants(1897)

もともと絵本の挿絵の仕事をしていたミュシャはさまざまな依頼を受けて人気画家となっていきます。

Poster for JOB cigarette papers (1898)

この商業ポスターはタバコの巻紙の宣伝ポスターであったようです。(参照

ミュシャのポスターはざっと約2m×70cmくらいに大きいリトグラフが多く、そのサイズでじっと対面していると、目がさまざまな流線や体の造形美に視線を追いかけたくなります。

どのようにして美しいと感じる感性を研究していたのだろう?と気になっていたのですが、もともとデッサンが卓越していたことに加えて写真を活用したりマス目状に線を引いて絶妙なバランスを探していたスケッチを見ることができました。

なかでも、私が着目したのは、バレリーナを人物デッサンのモデルに用いていたということです。

かつてバレリーナをモデルにしていた

「みんなのミュシャ展」で展示されているのですが、裸婦のバレリーナを写真に撮影してモデルにしていたり、鉛筆のスケッチで身体運動を観察していたようです。これは私にとって意外な発見であり、ミュシャが描く女神のような女性たちのしなやかな体の動きの理由がひとつ垣間見た気持ちになりました。

Photos : Ballet Study

Ballet study: dancing nude in the studio, Rue du Val de Grâce, Paris (c.1901)

1 of 1 Ballet study: dancing nude in the studio, Rue du Val de Grâce, Paris (c.1901)One of a series of five photos.

鉛筆でのスケッチ

アルフォンス・ミュシャ バレエの動きを捉えた習作 1901年頃 「みんなのミュシャ展」公式図録 p108より引用

どれくらいの期間にわたってバレリーナをヒントにしていたかはわかりませんが、少なくともバレエの身体運動や舞踊の要素からインスピレーションを受けていた時期があることは明らかです。1900年頃というのは、パリでドガもオペラ座のバレリーナたちを描いていた頃です。

ドガはなぜオペラ座に毎日のように通うことができたのか?オペラ座に知人がいたという説もあるようですが、ドガはパリっ子で実家が裕福であったのでオペラ座の年間会員席を購入していたため特権としてリハーサルを毎日見学しに行けたのだという説もあるようです。ミュシャはウィーンで安定した仕事を得るのに失敗し、ようやくパリで成功をつかみ出していた頃です。しかもパリでの生活は心底なじんだわけでなく、心は常に祖国チェコを思っていたようです。そこでミュシャらしい表現様式へと、ミュシャなりに取り込まれていったのでしょう。

ミュシャ作品のさりげない女性の立ち姿に、どんな人物像なのかはわからなくても、パッと見て上品さが備わっています。その影にはこのような人物スケッチの積み重ねがあったのですね。

アルフォンス・ミュシャ『装飾資料集』図45 1902年

実際にバレエ・パントマイム劇《ヒヤシンス姫》のポスターを描いたこともありました。どれほど舞台を見ていたのかわかりませんが(大女優サラ・ベルナールの舞台ポスターは急な依頼で実際に見ていなくても描かないといけないシチュエーションもあったようです)いずれにしても、20世紀のさまざまな芸術家がバレエに着想を得たり、夢を広げていたというのは個人的にワクワクしてしまいます。

アルフォンス・ミュシャ《ヒヤシンス姫》1911年

もしも、ミュシャが現代に発展したバレエや舞踊を見たらどのような姿を描くだろうー そんな夢を持ちながらバレエ作品の創作につなげたいと思っています。

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