バレエヨガインストラクター三科絵理のブログ

バレエヨガインストラクター三科絵理のブログ

「バレエが嫌いになりそう」恋愛のように向き合ってみる

私のブログの読者さんはバレエやダンスの趣味がお好きな女性がほとんどで、メッセージくださる方は本当に心優しい方々ばかりですが、たまに悩みを打ち明けてくださる方がいます。そういうとき、私にも同じような悩みを思い出すことがあって、共感してしまいます。

(すべてにご返信できないことがありますが、メッセージを読むのは大好きなので遠慮なく送ってくださいね。)

バレエが辛くなってしまいました。

こんな言葉を、メッセージがたくさんある中である一定数は入ってることが多いです。

きっと、バレエが心底お好きだったのだと思います。その歯がゆさに苦しい気持ち、ひしひしと伝わってくるのです。

やっぱり、みんな、悩む。真剣だから悩みもできるのですよね。

理由は様々だと思います。

  • クラスの周りの人たちについていけなくてかなしい

  • 自分の踊りの出来をみて理想と現実にぶつかる

  • 先生に何度も怒られてしまった

原因はいろいろですよね。

「絵理先生は、バレエを嫌いになったことはありますか?」と聞かれたら、私はバレエ自体を嫌いになったことはありませんでした。バレエの周りに起こる問題や、自分自身の課題に悩むことはありましたし、それはもうこりごりなほどいやでしたが、バレエ自体の素晴らしさは変わらない、という気持ちは昔からありました。

レッスンはもちろん楽しかったですが、苦手なことや、大変なことも小さい頃からその時々で壁がありました。先生に今の出来ていないところを指示していただき、でもどうすればいいのかわからなくて、教わることもできず悩んだこともあります。

また、バレエ自体は好きでも、バレエを取り巻く人間関係、環境によって悩みを抱える人もいると思います。周りで見聞きすることはありましたので、そういう状況が起こりやすいこともわかります。

「好きなことを好きでいつづける」というのは、悩みなくできたらいいことですが、私にはある意味、恋愛と同じように思っているところがあり、それがあるから長年情熱を絶やさずにいられているような気もしています。誤解を恐れずに言うと、です。

恋愛で恋に落ちたばかりの頃は、好きという気持ちは自然に高まり続けますよね。相手に振り向いてもらえるか片思いで悩む、ということは別として、その人への好きな気持ちはまっすぐ純真です。

でも、なにかの出来事やトラブルがあったりしたときに、揺らいだとします。

「それでもその人のことを好きでいられるか?」と自分の本心を問われるような状況を想像してみてください。

しかも、「その人(バレエ)は悪くない」という、状況だとします。

どうするでしょうか?

「ん〜、もう好きな気持ちなくなっちゃった…」と切ってしまうのか?

それとも、多少の困難があっても、振り向いてもらえなくても、想い続けて好きな気持ちを取り戻せるのか?

この好きな気持ちと向き合うことは、バレエを好きでい続けることと似ていると個人的に思っています。

もっというと「私は一生かけてバレエにいつか振り向いてもらえるかなぁ」という一途な感情を持っている感覚があります(笑)

バレエはかんたんではないですので、もし超プリマバレリーナになって自信満々だったら両思いの気になれるかもしれませんが、実際は一生かけて学んでいく道。

自分の心の姿勢の鍛錬あってこそ、いつか舞踊の神様かミューズがキスを贈ってくれるかなぁと願うような気持ちでバレエに臨んでいます。

もしかしたら、今の時点でもどこかでのぞきながら微笑んでくれているかもしれませんが。

哲学者エーリッヒ・フロムは「愛は技術だ」と言っています。

満足のゆくような愛を得るには、隣人を愛することができなければならないし、真の謙虚さ、勇気、信念、規律をそなえていなければならない。これらの特質がまれにしか見られない社会では、愛する能力を身につけることは容易ではない。実際に、真に人を愛することのできる人を、あなたは何人知っているだろうか。

なんとなーくの感情の波に動かされるのではなく、きちんと愛するには、自己規律や鍛錬も必要なのだということを。そして、自己中心的になるのではなく、自分が何をできるかを考えること。

愛は何よりも与えることであり、もらうことではない。

まさに対人関係においても真に尽きることですが、これをバレエにも向き合ってみると、心のゆがみやとんがりがとれて、純真な心を取り戻すきっかけになることがあります。

恋愛に限らず、好きなことをライフワークにしたり、趣味と真剣に向き合う人にとっては、かなり共通することだと思います。

好きなことを仕事にするのだって、全部が好きな業務だけではないでしょう。

でも、「好きなことのためだから、がんばれる」。

これを恋愛になぞらえるなら、「好きな人のためにがんばれる」という感情と似てます。

そうやって気持ちを注ぎ込んで活躍しておられる芸術家・アーティスト・アスリートも多いでしょう。

もしも、なんらかの原因で、好きでいられなくなってしまったら、「それまでだった」ということにもなります。

あんなに好きだったのに、それまでだった…。ちょっとさびしい響き。

果たして、あなたは、それでいいでしょうか?

それはあなたの気持ちが決めることで、どちらを選択しようと、正しい・間違っているということではありません。

あなたが選択したこと自体が現実なのですから。

自分が良いなら良いのです。

でもなんらかの未練があるならば、やっぱりあなたの心には好きという気持ちが拭えないはず。

恋愛と違って、バレエを好きでい続けることに裏切られることはないと私は思っています。

私自身が、バレエに心を開けば道が開かれ、心を閉ざせばそのように世界が変わっていったからです。バレエに愛されることを求めるよりも、バレエを愛することを磨くほうが人生変わっていくのだなぁと実感した経験でした。

バレエから離れて大学に浪人受験して入学し、社会に出て仕事をしていたとき「あんなに好きだったのに、それまでだったんだな」と私は自分自身に語りかけてしまいました。もう一人の自分は、「それでも、後悔はしてないよ」と主張しつつも、無力感にさいなまれ、ほろ苦い悔しさを抱えていました。

でも、お分かりのように、やっぱり好きだったのです。

人生紆余曲折あるのは当たり前のこと。

ドラマのようなシンデレラストーリーにはならなくても、バレエが好きだから鑑賞し続けたり、音楽を聴いていたり、ストレッチをしたり、ヨガをしておいたり…そういったことも「バレエを好きでい続けること」の行動であって、いつかタイミングがやってきて踊れることになったときに、「すべてはこのためにあったんだ!」と気づくかもしれません。私はまさに、そんな流れですんなりと戻ってくることができました。15年前の自分が今の私を見たら、「なんだ!やっぱりバレエやってるんじゃん!」と指をさされると思います(笑)大決断でしたからね。

私のような一筋縄ではいかない悩みを抱えている人もいると思います。

でももしバレエも恋愛のように捉えることができたら、なにか気づきはありますか?

「それでも、好きでいられるか?」

愛するとは技術である。

恋愛のように、バレエにおいても愛し続ける心の技術を磨いてみたら何かヒントが眠っているかもしれません。

愛されるには、そして愛するには、勇気が必要だ。ある価値を、これがいちばん大事なものだと判断し、思い切ってジャンプし、その価値にすべてをかける勇気である。(エーリッヒ・フロム)